闘っているものの正体。トラウマとコンプレックスの話。

信じられないよ。

今度は乗るはずの電車一本間違えて西明石終着のに乗ってたみたい。西明石着いたら逆の大阪方面へ向かう電車になったヤツにそのまま乗ってたぽい🥲

引き返さなきゃーー!

また、これから1時間…😱

せっかく出来た間だし、最近少し悩んでいることをアウトプットしてみるね。

写真は少し前の桜写真より。

最近、何かとずっと闘っている。

一体なにと?とずっと不思議な気持ちだった。

不安?とかとはちょっと違ってて、漠然としたものじゃなく、もっと自分の中にハッキリある感情と。

現実世界での人とのやりとりでも上手くいかないこともあるけど、上手くいってても、何かの情景をみただけで、胸がつまるし、涙がたまる。

そんなことってある?

これって、なってみると、ものすごく変な感じで。

4月、新しい仕事内容になって、2週間過ぎて、ようやくその正体が分かってきた。

私は何と闘っているのか?

たぶん、それは過去のじぶんかも。

その記憶が一気に甦ってくるときに辛くなる。

働いてるときは、教師時代の楽しいときも思い出すけれど、ときどきは、ある場面の似たような瞬間の記憶が甦ってきて、意識がそれにフォーカスされると、涙がポタポタ落ちてくる。

たぶんこれ、…トラウマってやつ?

10年経った今でも、思い出すだけでこんな苦しくなるとは、こりゃしっかり“傷”として確実に残ってるんだな、て。

まだ私の中にいるんだなぁ〜と自覚した。

あと、もうひとつ。

これは、コンプレックスの話。

もともと自分は勉強全くできない子出身で、小1でも0点とりまくって体育以外オール2(一番下)だったけれど、現場に戻って、今も“のみこみ”が遅いなぁと思う瞬間が多いことに気づいた。

教師って、勉強も運動もできる系出身の人が多いから、わかるよね?ベースで説明ハショる先生も多いんだけど、その先生の話が理解できないことがめちゃ多い。

一度言われたことも、よく分からなくて、何度も聞くを繰り返してると、自分の中で…

変な思考展開が生まれてくる。

聞く→よく分からない→もう1度きく→よく分からない→相手がめんどくさそうor困る

結果…↓↓

🍎「あ、私がもともとバカだからかもしれない」

今も基礎固めに躍起✨

子どもの頃、この↑と似た状況が日常で、あぁそういえばこんなだったなぁ!て、大人になった今もその記憶が甦って…

できる人と接していくと、比較して、よりそのコンプレックスが深まっていく感じ?

これって、昔、モテなかった人が、自分はモテてないんだ!と大人になった今もずっと引きずってる発想に似てるかも。

根本的に自信がない、つかれると痛いところ。

実は、以前勤めてた私立の進学校の小学校を辞めたい真の一番の理由は、ココだったんだよね。

未来を期待された賢い子達に自分なんかが教えるの、もったいないとずっと思ってた。

心の中でごめんなさい、ごめんなさい、て。

結局、それは誰にも相談できなくて、最後、校長先生にだけ伝えたんだった。

長く生きてると、いろいろあるよね。

10年経った今、ある意味、私にとっては第二ステージの今がいちばん試練のときなのかも。

久しぶりの現場は、年齢と技術と自信が伴わない苦しさもあるけれど、同じくらい過去の記憶と闘いながら、日々をやり過ごすのにも(けっこう)必死。

ネコサンは、もっと軽い気持ちで、適当に✨というけれど、なかなか上手くできない自分がいる。

…大丈夫かなぁ?わたし。

もうすぐ姫路。

ありがとう。少し整理できた。今日明日は🍎になって少し頭を冷やします。みんなも無理しないでね。自分の背丈でやれることやっていこう。

かおりん

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